リストラくそくらえ1
1.リストラされた釣りバカ S氏
(1997年~2002年においての自虐コラムです。)
さえないですな。
たとえ景気が悪くても釣りには行きたいし、なにより頭をからっぽにして好きなルアーを投げたーい!というのはいやされるんでしょうね。
「釣り」は ”楽しみ” と ”いやし” を求める人が多いと思います。
今回はリストラされてしまった釣りバカ ”S氏” をご紹介しましょう。
「リストラ」「不況」「倒産」こんな言葉に過敏な人、他人のサクセスストーリーより不幸話が好きな人、きっと面白いと思います。(^^;)
元気が出るかもしれません。(実話ですから)
5年前(1997年頃)もSは釣りバカ。
霞で毎日釣りがしたくて水戸(営)に転勤願いを出し、却下されると迷わず退職し、それならばと平日休みの会社に転職し、そこでは翌日釣行だと会議も残業もシカトしていた。
一応責任者だったSはそれなりに売り場の予算を達成していたが、企業でそんなこと許されるわけがない。
にもかかわらず、「文句あるか?」「オレがいなけりゃこの売り場は」 なんて態度でいたから、役員達が面白いわけがない。
売り場の数字の伸びにかげりが見えてきた頃、Sは事務所に呼び出され、社長に言われた。
「お前、何が気に入らないんだ?ウチの方針が気に入らないなら、ムリしていてもらわなくてもいいんだぞ」 やんわりと辞職の勧告だ。
Sは本気にしなかった。
社長の言葉が続く。
「おまえがいると若い奴が育たない」 Sは思った。
「うそだろ?マジで辞めさせたいのか?」
悪さしたわけではないので、クビにできない会社側は過去における彼の失態を並びたて、それに対する責任という形で辞表を出させようとする作戦だった。
Sはもちろん拒否をした。
彼には家族もあり、何よりこの職場が好きだった。
しかしいくらSが拒否しても受け入れられない。
いつになく会社は強気だ。
むかついてたSの気持ちにあせりが加わり、だんだん不安になってきた。
「ヤバイかな?今回は?」 目の前が暗くなってくのがわかる。
(想像できる?)
強制辞職にも段取りがあったらしい。
とりあえず、1週間の休職を命じられた。
「頭を真っ白にして、今までの態度を悔い改めた反省文を書いてこい!!」 だってさ。
ボーゼンとした顔で事務所を後にしたSはその1週間、どうしたと思います?
2.懲りないから…「釣りバカ」
その1週間?せっかくの休みだからってまるまる1週間、釣りに行っちゃったよ(笑)
3月第1週目だったから、ウェーディングしても水がまだ冷たくて、全然釣れなかったらしい。
延方水路でのおかっぱりで小バスをバズで1匹釣っただけ。
「もう1ヶ月遅ければなー」なんて事考えてた。
自分は悪いと思ってなかったせいか、「やばいな」とは思いつつ、能天気というかまぁ「釣りバカ」
なんだろう。
そんなんだから1週間の休職後、再び事務所に呼び出され、社長が言う訳だ。
「反省文は?」って。
いやー1週間釣りしててすっかり忘れててね。
頭の中を真っ白にしすぎたんだろうね。
Sは「反省文は書いてません」としか言えないわけ。
Sを何とか復帰させたいとがんばってた役員が思わず頭を抱え込んだらしい。
社長?社長は喜んだろうね。やめさすネタが増えたんだから。
「失業?…このオレが?」今この場で「辞めます」と一言いえば確実に失業するこの瞬間、この現実。
Sはこの時初めて自分の置かれてる状況を理解したらしい。
Sは過去、何年にもさかのぼり自分の欠点を並べまくり、何とか辞職させようと必死な社長の顔を見ながら考えた。
事務所の机を全てひっくり返して出て行くか?土下座してでも働かせてもらうか?
さぁてねぇ?(皆さんならどっちにする?)
3.決断
いきなりの失業は困る。家族がいるからね。
でもSには売られたケンカに等しかった。
売られたケンカは買わなきゃね。(男の子だから)
好き勝手に言われてむかついてたSはその最中に考えた。
「何が一番得か?」
ボロクソに罵倒されながら必死に考えた。
好き勝手言われ、あまりの悔しさと怒りに背中から何かが抜けていくのを感じた。(わかるかなー?)
その後、口元を震えさせ、小さいながらも絞り出すような声でつぶやいた。
「せめて…せめて家族のために、リストラによる退職扱いにしてもらえませんか?」
失業手当を少しでも早くもらうこと。
自分達の生活は不幸にも目の前にいる野郎がにぎっていた。
完敗だった。
腹は最初からきめていた。
というより実はもうSの居場所は残されてなかった。
何とか早く辞表を出させようとする社長の顔を見るのがイヤだったし、もうこれ以上この場に居たくなかった。
話もしたくなかったし、あれこれ考えるのもイヤだった。
早く楽になりたい。
とにかく早くこの場から立ち去りたかった。
何の相談もなく会社をやめて来たSのカミさんは、大して驚かなかったらしい。
翌月から失業手当の6ヶ月間支給がせめてもの救いだった。
「ついにオレも職安に行くのかー。楽しみだなー」 強がりついでに3才の娘にもこう言った。
「お前のパパはプータローになったんだよ」 意味がわかろうはずもない娘は「何?それ、どういうこと?」 ニコニコ笑ってた。
無邪気に笑う娘の笑顔を見て、Sは泣いた。(家族に隠れてね)
家族のありがたさと今後への不安、くやしさと怒りがこみ上げて複雑に絡み合ってね。
釣りが好きで好きで調子に乗りすぎて自らが招いた悲劇というか、自業自得というべきか。
翌日から予定がなくなるって想像できますか?
「自由」ではなく「遭難」という言葉がふさわしい突然のことでした。
翌朝、Sの目覚めはすこぶる悪く、「昨日のことは夢だったらいいのに…」
気持ちの整理は全くついていなかった。
4.苦しまぎれの旅立ち
眠たくなると寝る、起きたくなると起きて腹が減るとメシを食うという動物以下の生活が始まった。(笑)
夢のような生活?だったけど、先の見えない毎日の繰り返しは大変苦痛。
「元スタッフ、現休職中の店長ポッパーあけちゃん」文章中「彼女」とか「スタッフ」と呼ぶのは全てこの子のこと。
独立か再就職か決めかねていた頃、元スタッフから連絡があった。
「自分も辞めることになったので、手伝えることはないか?」
Sは苦しまぎれに大見栄はって答えた。
「独立するので人手が足りなくて困っている」 と(笑)
彼女の申し出を受け入れることは前の会社にちょっとした仕返しができる気がしてうれしかった。
(小さい人間でしょ?)(^^;)
きっかけはともあれ「独立する」ことがこの日決まった。
問題は何をするかである。(爆)
Sには100万の資金しかなくて、お店を出したくても担保がないから融資も受けられない。
100万でできること。
Sと彼女の2人にしか出来ないものを考えるしかなかったんです。
(うそみたいでしょ?ついてきてくれた元スタッフに感謝!)
しかしいくら考えてもいいアイデアが浮かばず、Sが独立をあきらめかけた頃、彼女が言いました。
「100万で検査機一式とフレームを買おう!それを車に積んでメガネ作りたい人探してまわろうよ!
お店にわざわざ行くより、来てもらった方が楽でしょ?」
ものすごいことを言うなとSは思ったそうです。
Sは彼女に言いました。
「フレームだけで最低100万かかるよ。検査機はどうすんだ?」
彼女はたちまち答えに困ってしまった。
しばし沈黙の後、彼女はSに言いました。
「それをなんとかするのが社長の仕事でしょ?」 無責任な奴だ。
さらにこう言った。
「じゃあ、どうすんのよ。何ができるの?他にいい方法があるの?」
逆ギレである。(笑)
やるしかなかった。
この無謀なアイデアを形にするしか独立への道は残っていませんでした。
5.絶体絶命
とはいえSはうれしかった。
独立の道が残されたこと。
やるべき事があることがたまらなくうれしかった。
Sは考えた。
検査機をどうするのか?
人の金だと思って楽しそうにフレームの仕入れをする彼女を横目でみながらそれなりに一生懸命考えた。
彼女が100万しっかり仕入れで使い果たした頃、Sの中でそれなりの名案がひらめいた。
「検査機は誰かにゆずってもらおう!と。」(笑)
知り合いという知り合いに電話をかけまくり、中古で使ってない検査機をゆずってもらえないか、それこそ恥も外聞もなくお願いした。
いるとこにはいるもんで、、、それこそほぼ一式、見たくれは悪いが使用に耐えうるものを焼酎1本のお土産で全て手に入れることができました。
さあ体制は整いました。
あとは売るだけです!(パチパチパチ)
ところが世の中甘くない。
当初1ヶ月はどちらかのコネで知人にポツポツ売れたけど、2ヶ月目からコネがなくなった。
メガネ作りたい人に「メガネの宅配」は好評だったけど、メガネ作りたい人を探す術がなかったのだ。
無店舗販売が災いして、チラシをまいても会社をまわっても、あやしまれてたちまち窮地に追い込まれてしまった。
(皆さん、苦しまぎれの独立は気をつけましょう!笑)
行くとこなくて、することなくて、喫茶店で2人してダベる毎日だった。
「今日どうする、どこ行く?」(S氏)
「○○でも行ってみる?」(スタッフ)
「でも○○は‥‥だし」(S氏)
「そうだよね。」(スタッフ)
「‥‥‥‥‥‥」(S氏)(スタッフ)
こんな会話のくり返し。
何にもしなくても売上がなくても、スタッフに給料は払わないといけないのが雇用者のつらいところ。
サラリーマン時代に貯めた預金を次々に解約。
それでも足りなくて、親から300万借りてそれすら使い果たし、残り90万になった頃、忘れもしない事件が起きました
投稿日2007/06/03